高座石

由緒 History

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妙石坊の由緒

身延山入山からの始まり

当坊は日蓮宗総本山身延山久遠寺の一支院で、法華霊場七面山参詣道の玄関口に位置しています。
日蓮大聖人が文永11(1274)年に身延山へ入山。
最初に説法を行ったとされる場所で腰を掛けていたのが、今も当坊の敷地にある「高座石」なのです。

七面大明神
桜

法華経の守護神
「七面大明神」

日蓮聖人が「高座石」で説法していた時、若い女性が聴聞していました。近隣では見かけない女性であり、また何度も現れていました。説法を聞いていた他の人々から不思議に思われていると知った日蓮聖人は、女性に本当の姿を見せなさいと伝え、水を一滴その女性に垂らすと、女性は紅龍に姿を変え、自らを七面大明神だと明かし、法華経信者の守護を誓いました。

七面大明神
桜

七面山信仰の始まり

日蓮聖人は、七面山に七面大明神を祀ろうと考えていましたが、生前は果たせませんでした。日蓮聖人の死後、弟子の日朗上人が当時道無き山であった七面山に登り七面大明神を祀り、これが七面山奥之院の始まり永仁5(1297) 年といわれています。現在も七面山は日蓮系信仰の重要な霊場となっています。そして、当坊はかつて七面山への表玄関でもありました。

  • 祖師堂
  • 祖師堂
  • 祖師堂
  • 祖師堂

妙石坊として

「高座石」を後世に伝えようと熱願した学禅院日逢上人により、現在の場所が「妙石庵」として開創。禅院日逢上人は宝永元年に遷化されますが、宝永3年に身延山高座石の祖師堂が建立されました。祖師堂の宮殿はもともと久遠寺祖師堂に祀られていたもので、堂内に配置される唐銅祖師像は、元禄10(1697)年には身延山奥の院に祀られていた由緒あるものです。当時の久遠寺と妙石坊の深い関係が伺い知れます。その後、文久2(1862)年に現在の妙石坊と改称されました。

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